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●レスターMBAで、「個の確立をサポートする
事業」を実践することを決意した私だが、
未だ起業には踏み切れなかった。
それは、自動車ビジネスとは全く関係の無い
分野に出て行く話であったからだ。
思い切ってアメリカに渡ることも考えたが、
2人の息子を抱えてリスクがあまりにも高い。
●未だ風が吹いていない。
そう感じた私は、偶々新聞に募集広告が
出ていたビジネスブレークスルー(BBT、
大前研一氏社長)に応募しており、ここの
採用試験に合格したので、何かの「縁」が
あるのだろうということでお世話になることに
した。
MBA事業を中から見る絶好の機会でもあった。
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●後から聞いた話であるが、私は100人以上の応募者から選ばれたようである。
ここで選ばれていなければ、私の今の状況は無い。このように「縁」というのは不思議な
ものである。
努力してもだめな時がよくあるが、それは結果として「縁」が無かったということであろう。
●グロービス堀代表にきちんと仁義を切って、やはりこの時も半信半疑でBBTに入社した
私だったが、ここに転職して本当によかったと思う。
それはBBTは「宝の山」であったからである。
大前研一氏はもちろん「世界の大前氏」だが、そのコンテンツに触れて、知れば知るほど
これはすごいと舌を巻いた。
それは、BBTのコンテンツにはhonesty(真摯)とdiscipline(哲学)があるからだ。
真摯というのは、ものごとを真摯に捉えて、真摯に解決策を見出す姿勢のこと。
哲学とは、学問に王道は無く、本当に力をつけるには徹底して演習を繰り返すしかないと
いう考え方である。
これが、この会社にはあった。これはまさしく私が人材開発に求めていたものであった。
●BBTでは執行役員として、Bond-BBT MBAプログラムの統括と法人開拓を担うことと
なったが、なかなか大変な仕事である。
しかし、三菱商事では現場(海外駐在)で鍛えられていたので、あまり不安はなかった。
私が入社した2002年7月には、未だBBTは大前氏のビルのマンションの一室のような
事務所で仕事をしており、プログラムそのものも未だシステムが発展途上であったので、
問題山積の中でのもぐら叩きの様相を呈していた。
●しかし、問題を1つずつ潰して、関係者は上司・部下の分け隔てなく付き合い信頼関係を
作って行くうちにうまく行くようになったと思う。
最大の難関は法人開拓であったが、これも持ち前の粘り強さで少しずつ採用する会社が
増えて来た。
1日3社を開拓するべく挑み、最初はアポイントさえ取れなかったが、次第にコツを覚えて
いった。
又、概して保守的な企業・人事部の担当者を説得して先方人事部の制度に入れるのは、
幾つものハードルを越える必要があり、これをあの手この手で説得して行くうちに応酬話法の
スキルなどが身に付いて、総合的に説得力を増すことができたのは、貴重な経験であった。
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